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思い出の映画館(3) [映画]

思い出の映画館の話。東京編1。

大学には相変わらず足を踏み入れず、バイトに明け暮れる日々。
色々なバイトをやりましたが、京王線沿線の友人の家に転がり込んで、水道橋のマイクロフィルムの会社で常勤のバイトなんかもやってました。
この頃は良く東京で映画見ました。

まず、当然ながら池袋「文芸坐」。
どちらかと言えば文芸地下の方が多かったかな。
仁侠映画のオールナイトを見て、観客が高倉健に声をかけるなんていう体験をしたのはその前の受験で上京した時です。
不良受験生でした。とにかく受験はそっちのけで神田の古本屋街と映画館ばかり。
こんな事で志望校に合格するわけもなく。
ここでは東宝特撮映画も良く見ました。「ラドン」「バラン」何度目かの「キングコング対ゴジラ」大映ですが「大魔神」シリーズの三本立て。
オールナイトで「仁義なき戦い」5部作一挙上映を始めて見たのもここでした。

東映映画の有名な名画座というと「上板東映」。
「仁義なき戦い」を見て以来東映実録路線のファンとなりよく見ました。
東映映画ファンだと一度は行かないとと思って、閉館の最終週にはるばる行って見た映画はなんだったか。

飯田橋の「佳作座」。
藤田敏八監督の「八月の濡れた砂」「赤い鳥逃げた」などを見ました。
なんか藤田敏八はしょっちゅうやっていた様な。
飯田橋には「佳作座」と「ギンレイホール」があって、時々行きました。
ギンレイホールは改装前で今よりずっと内装は古かったです。
「佳作座」は熊谷組の資本が入っていたそうで、熊谷組が経営危機になった時に廃館になったそうです。

東京駅の八重洲にあった「八重洲スター座」。
ブライアン・デ・パルマ二本立てやトリフォー監督の二本立てなどを見ました。
名作の上映が多かったという印象です。

「蒲田宝塚」は、当時は名画座で時々ロードショーもやっていました。
始めてここで岡本喜八監督の「独立愚連隊」「独立愚連隊西へ」を見て、強烈な衝撃を受けました。
以後は岡本監督のファンとなり、特集上映には良く行きました。
後に「文芸坐」で岡本喜八監督特集をした時も良く通いました。

五反田にあった「五反田TOEIシネマ」でも岡本監督特集をやり「山猫作戦」などの福田純監督作品も上映しました。
松田優作の「遊戯シリーズ」もここや横浜で見ました。

「新宿昭和館」はしばらく前まで健在でしたが、良く行きました。
東映任侠映画、実録路線、時代劇、など色々と見ました。

新宿と言えば忘れてはならないのが「新宿ローヤル」。
ここはアクション映画の二本立てを良くやっていて新宿では良く行きました。
ジョン・ウェイン主演の刑事アクション「ブラニガン」やアルトマン監督の「ビッグ・アメリカン」などを見ています。
作家の逢坂剛の対談集を読んでいたら、鹿島茂との対談で新宿ローヤルの話が出ていました。
二人とも良く通ったそうで、すれ違っていたかも。

(つづく)

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